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祝、「続・青雲時報縮刷版」刊行、祝う会報告

祝、「続・青雲時報縮刷版」刊行、祝う会報告
祝、「続・青雲時報縮刷版」刊行、祝う会報告_f0147468_13291236.jpg 今回、続・青雲時報縮刷版を祝う集いに参加するよう上田事務局長より誘いを受け、部外者ながら取材ということで参加させていただいた。
 「外部からもPTAからも新聞に一切検閲や干渉をさせなかった。新聞部を生徒会の外局として独立を保ったんだ。生徒会にも口出しさせないため、新聞局から生徒会長を出したくらいだ」と新聞局の思いでを語るのは、新聞局員の金沢鉄二さん(昭和28年卒、第3回生)だ。
 このように本文にも紹介したとおり、青雲時報新聞局員は高校生とは言えりっぱな記者魂をもって青雲時報を発行してきたのだ、と祝う会の前に金沢さんのお話を聞く機会を得て痛感した。
  函館東高資料集を完全な個人のホームページとしたのは、同じ思いで、誰からもどこからも検閲を受けないようにするためであるから、なおさら同じ思いに共感したのである。
 「書いた原稿を事前に相手に見せるのは、本来やっていけないことである。書かれた側はどうしても直したくなってくる。書いた側の受け取り方や判断記事でも、新聞である以上、そうした『閲覧』を認めてしまっては公正な立場も『志』も全く失われてしまう」とは私の師の言葉だ。
 だからと言って勝手な思い込みで書くわけにいかない。実際はタイプミスや内容に誤りがないか、チェックをしてもらうようにしている。金沢さんの発言も50年誌から裏を取ったら、確かに新聞部員の生徒会長の名が刻まれている。

祝、「続・青雲時報縮刷版」刊行、祝う会報告_f0147468_13542421.jpg 俵先生が「函館東高には未来がないとは私は思いません。タイトルは変っても、その精神は市立函館高に引継がれていくことでしょう」と挨拶していたが、私も同じ思いだ。
 祝う会の翌日、母校を訪れた。昨年8月、青雲同窓会の時には信太郎池の水がすっかりなくなって昔の面影ない、また現地の人からそんなメールをもらったので、勝手にそう思い込んでいた。しかし、今回現地に行って実際に見たら、ご覧の写真のとおりだった。再度、俵先生の言葉を思い起こす。

 そんな写真を新たにした。
 本校を築いた3人の歴伝 ひんがしの杜誕生

 「母校と同窓会と私」のシリーズの5人目に俵先生が登場します。近日、発表予定。

by higashikou-shiryo | 2009-04-30 14:00  

市立函館高の新校長に、東高20回生日向稔さんが赴任。

市立函館高の新校長に、東高20回生日向稔さんが赴任。_f0147468_0161969.jpg 去る4月8日、「本校は、平成19年4月、函館東高校と函館北高校が統合して誕生した、函館市唯一の市立高等学校です。・・・しかし、67年の歴史を持つ函館東高校と44年の歴史を持つ函館北高校の同窓生合わせて3万5千名が、国内のみならず世界各国で活躍し、熱い期待を込めて皆さんを見守っています。両校の輝かしい伝統の元に本校が立っているのであり、加えて、函館市民の教育への真摯な思いと両校のパワーを合体させて生まれた学校であります」と市立函館高の日向稔・新校長が入学式の挨拶で語ったそうです。

 日向校長は函館東高の20回生(昭和45年卒)。
 石井同窓会長からも「新しい市立函館高校の校長先生が決まりましたのでご連絡申し上げます。
校長   日向 稔 (ひむかい みのる) 新任
教頭   小松 将人           留任
教頭   河合 宣孝           留任」
とメールをいただいておきながら、皆さんにご連絡が遅れて申し訳ございません。

 新しい母校の動向は気になる方々も多いと思い発表しました。
 
 先生の挨拶にもあるように、函館市唯一の市立高が市立函館高であるという観点から、じっくり長い時間をかけて同窓会を発展すべきかと思います。独断で進行すると、できるものもできないではないでしょうか。

 お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、市立函館高の卒業生からこんなメールをもらいました。
「Commented by かんぢ at 2009-03-30 13:26 x
懐かしい写真です。若き日の父が写っています。
「どうだ、俺だってこんなに髪の毛があったんだぞ」と言っていたことが懐かしいです。
Commented by 関東青雲同窓会HP管理人 at 2009-04-02 00:32 x
かんぢ様
投稿、ありがとうございます。
お父さんの写真があったのですか。かんぢさんも東高の生徒だったのでしょうね。
この東高資料集を通じて、昔話の会話がはずむといいですね。
Commented by かんぢ at 2009-04-04 20:26 x
私は合併した学校出身です。父は他界して18年になります。
フィフティーンの写真の上段右から3番目、FBだったそうです。
「ステップを踏むと髪の毛が左右にばっさばっさと」
大病をした父は、私が子供のころから髪の毛が薄かったのですが、こんな話で笑わせてくれました。
橋本主将のことだったでしょうか「人間機関車」の話をよく聞きました。
とても懐かしく思い出されます。写真は実家の父の机に飾ってあります。」

「ラクビー部熱闘の記録、全国制覇の歩み」の中の写真に対するコメントです。

先日、北海道の小学校6年生からこんなメールもいただきました。
「私は、別小学校の6年生です。今、石垣福雄さんについて調べています。
質問したいことがあります。・石垣福雄さんは現在おいくつですか?」

おそらく「市内高校統合案を阻止した人々―戦後にもあった統合問題―」を読んでのメールだと思いますが、
毎日10数人のアクセス数しかないこのホームページでも意外な人も見ているのです。

尚、市立函館高の入学の様子は、同高のホームページにあります。写真のアドレス

by higashikou-shiryo | 2009-04-10 00:36