函館東高出身の彫刻家・小寺眞知子さんご逝去

函館東高出身の彫刻家・小寺眞知子さんがご逝去された。
謹んでお悔やみ申し上げます。

f0147468_23204638.jpg 2012年6月13日号「函館新聞」は次のように報じている。

函館出身でローマ在往の彫刻家、小寺真知子(本名・茜ケ久保真知子)さんが10日夜、ぼうこうがんのためローマ市内の自宅で死去した。62歳だった。小寺さんは旧函館東高校、道教育大函館校卒業。1980年からローマに渡り、イタリアや日本で個展を開いたほか「ペリー提督像」(元町)などのモニュメント制作を手掛けた。函館の文化、観光の振興に大きく貢献し、関係者からは悼む声が相次いだ。

 小寺さんは85年にローマ美術アカデミー彫刻課を卒業。同アカデミーでは巨匠クロチェッティらに師事した。89年に第3回現代日本具象彫刻展大賞を受賞。2010年にベネチア宮殿美術館で個展を開いた。当時イタリアの新聞は「西洋の伝統であるブロンズ裸婦像に、日本人らしい甘美さと気品を与え、美しい曲線と量感と均整のある作品」と絶賛した。

 00年、函館市のパブリック・アート第1号として、若松町の旧シーポートプラザ前に「青・海・テティス」が設置された以降、「ペリー提督像」(02年)、五稜郭タワーの創業40周年事業として「五稜郭に立つ土方歳三」(03年)、市中央図書館開館時に「ハーモニー」(05年)のほか、「赤い靴少女像」(09年)など、市内に8つのモニュメントが設けられ、市民や観光客に親しまれている。

 高校時代に美術部長を務めていた時の恩師で、創作凧(たこ)を制作する梅谷利治さん(83)は「常にモチーフの人となりを研究、理解しており、作品から信条が伝わってくる」と話す。09年には小寺さんの尽力で、ローマの日本文化会館で梅谷さんの凧が展示された。

 ペリー提督来航記念碑建立協議会の会長を務めた函館日米協会副会長の加藤清郎さん(77)は「像の設置場所から函館港を見詰め、入港するペリーの心境を考えていた姿を思い出す。ペリー軍服にボタンが一つ無いことまで研究していた」と話す。

 小寺さんは最近、知人らに闘病中であることをメールで知らせていたという。加藤さんは「残念でしょうがないが、ゆっくり休んでほしい」、梅谷さんは「市民、観光客に感動を与えてくれた。心からありがとうと言いたい」と話した。

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小寺さんは函館東高18回生(昭和43年卒)。長らくローマ市内で暮らしてした。写真にあるような函館山のふもとにあるペール像、五稜郭タワー内にある土方歳三、赤い靴像など、函館各所に作品がある。

当東高資料集でも3度ほど紹介している。

■ 「彫刻家、小寺眞知子さんの世界」

■ 「赤い靴」女の子と、北海道開拓民の子きみちゃん

一度、帰国のおり、関東青雲同窓会役員とともに会食をする機会があった。その時、インタービューしておけば良かったと思う。

また、一人同窓生が62歳の若さで亡くなったことはさびしい限りである。
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# by higashikou-shiryo | 2012-06-16 23:17  

誕生62周年、歌い続けられる函館東高校歌

f0147468_1720522.jpg 函館東高の校歌が誕生してこの5月で62年目を迎える。母校北海道函館東高の名前はなくなったが、その校歌は今なお歌い続けられている。
 
■ 函館東高校歌、ビートルズ版誕生、歌うは最後の卒業生グループ

 2012年4月15日日曜日、「ACOMUDOSEプレゼンツ 題名もない音楽会リターンズ~6年振りの青雲NIGHT~」というコンサートが東京世田谷区のミュージックバー・三軒茶屋グレープフルーツムーン行われた。「校歌をビートルズバージンでお贈りします」「イエエー」で始まる歌声がYou Tubeで紹介された。

 ACOMUDOSEは函館東高等学校の同級生で東京を中心に活動する4人のミュージシャンで構成する、東高最後の卒業生57回生(2007年卒)のグループだ。

Vo.BluE (Beret of crow style.ボーカル)、Pf.クワハラ康スケ(Beret of crow style.キーボード、他:サポートキーボーディスト,コンポーザー)、Key.南場朝海(Symmetriez キーボード兼コーラス、他:ソロとしても活動中)、Tb.岸田冬人(トロンボーン奏者)の4人。ACOMUDOSE(アコミュドーズ)の名前の由来はアコースティック(Acoustic)の音楽(Music)を服用(Dose)する。

■ 歌詞、曲ともにユニークな校歌

  校歌の歴史については(函館東高資料集 ― 函館東高校歌資料)に詳しく掲載しているで参照していただきたい。作詞は東高初代生徒会長・厚谷悌二さん。生徒会長によるのも珍しいだろう。校歌にまつわる話は「思いよすがに」という東高放送局制作のラジオドキュメントにもなっている。(資料集に音声を収録している)

  作曲は林喬木先生。「曲の中間部は、その前・後部と対照的に、拍手やリズム、又旋律系を著しく変化させてみました。少し歌い難いかとの懸念もありましたが、若い学生諸君のことですから、きっと立派に歌いこなしてくれるものと期待をもっています」と作曲の先生が思い出を語っている。

  ビートルズ版では転調までの間をとって、うまく歌っている。

  ACOMUDOSEのそのことを次のようにブログに記している。
「僕らの母校・函館東高校の校歌は、世にも珍しい構成なのです。
4拍子で始まったくせに途中で3拍子になり、そしてまた何事も無かったかのように4拍子に戻る。
まるでビートルズ!と感動した僕らは、ビートルズアレンジで演奏することに!

元ネタは、「All You Need Is Love」「Ticket To Ride」「Lucy in the Sky with Diamonds」
「Ob-La-Di,Ob-La-Da」「Hey Jude」でした」

「ブログ拝見いたしました。大きく取り上げていただいて、大変感激しています!
いろいろな世代の東高OBの方に聴いていただけたら嬉しいです。
ご紹介ありがとうございました! 」

■ 作詞に盗作説

 作詞はすばらしく、広島大学以前の「旧制高校時代の寮歌とそっくり歌詞なのに驚いた」との盗作説まで出るほどだった。函館東高関東青雲の会報「関東せいうん」8号に『今蘇る “校歌秘話「さようなら函館東高等学校”』という記事が2006年に掲載された。しかし、管理人が裏を取るべく調べた範囲では、事実無根のようだった。詳しくは関東せいうん8号、見どころよみどころ参照。人伝えに聞いたところ、作詞した厚谷さんは盗作説の話を聞いて悔し涙したそうだ。

 若い音楽グループが有料コンサートで、わが校歌を誇らしく高々と歌ってくれた。


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# by higashikou-shiryo | 2012-05-02 02:04  

祝 函館東高青雲同窓会公式ホームページ開設

祝函館東高青雲同窓会公式ホームページ
f0147468_0281199.jpg 「函館東高青雲同窓会公式ホームべージ」が開設された。「この度、昨年度の総会の席で、これからの青雲同窓会の交流の場として、また情報発展の場としてホームページを開設してほしいという要望が多数あり、総会の席でホームページの開設が議決されました」。
 「この度のホームページの開設を機に、主義主張にはこだわらず、同じ青雲台を卒業した仲間として、尚一層同窓会の絆を強くしていきたいと考えております」というものだ。

 間接的に準備していることは聞いていたので、まずはお祝いしたい。

 函館東高資料集の管理人と自称している管理人としては、全国の函館東高の情報を逸早く得ようと、Googleアラートというグーグルの機能を利用して情報を収集している。これはある特定の文字を登録しておくと、グーグルのロボット検索が検索した結果をメールにて自動的に知らせてくれる。
 
 2/28 16:58次のようなメールが到着した。
「 ウェブ 「函館東高等学校」に関する 1 件の新しい検索結果

函館東高青雲同窓会公式ホームページ
卒業したら同窓会へ函館東高等学校青雲同窓会. 会員・会員企業登録のご案内. 青雲 同窓会HPでは会員様にご登録をお申込みいただき、各会員・各企業HPへのリンク設定 をすることができます。詳しくは本HP右下の「お問い合わせ」ボタンからお問い合わせ ...
www.seiun-honbu.com/
 それで、皆さんに知ってもらおうと、当「函館東高資料集」と「関東青雲同窓会」のホームベージのトップにリンクを張った。
 「本部のホームページを見ました。ところで、いつ開設したのか分かったら、教えてください」という問合せのメールをもらったが、開設日など知る由もない。
 f0147468_0512141.jpg函館東高に今なお多くの人々が思いを寄せている。右写真は当「函館東高資料集」過去1ヶ月間のアクセス分析表だ。訪問が477回、アクセス数が1,351回。完成として当の管理人も時折しか見てなく、更新も年に数度しかないのに、未だに毎日15回ほどの訪問がある。管理人は関東青雲同窓会の公式ページも担当しているが、昨年夏の納涼会のホームページ作成が多忙で数週間作っていなかったら、誰かからか問合せがあったようで掲載を幹事長から促された。それだけ卒業生は関心があるようだ。
 公式ホームページになると、いろいろ言ってくる人もあるかもしれない。でも、こうした多くの卒業生の要望がある。
 3/5にリンクを張って、3/5には関東青雲同窓会の総会の案内が予定から時間まで記され、「詳細」として案内のリンクまで紹介されている。
 管理人は大変でしようが、期待をしております。頑張ってください。
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# by higashikou-shiryo | 2011-03-06 00:44  

第2回、函館東高東海同窓会開催される!

新規一転、第2回函館東高東海同窓会 開催!

f0147468_22391351.jpg 函館東高第5番目の支部である東海同窓会の第2回同窓会が行われた。
 一昨年、設立時には取材に行って、「函館東高等学校・東海青雲同窓会、設立される! ―日本の中心地・名古屋に、5番目の同窓会が発足―」と題して、報告した。今回は関東青雲同窓会の檜森幹事長から当サイトのメールに報告書が届き、写真も私の会社に届けていただいた。データで文章を送っていただければ、簡単にアップできるので、大変ありがたい。
 全国5か所の同窓会はそれぞれの問題をかかげながら、何とか皆の力で継続している。檜森幹事長の文章からはそんな雰囲気が感じられた。中でも東海支部の運営についてはいろいろご苦労があったと漏れ聞いている。

 こうした同窓会の情報を発信する公式の場がないのが、残念だ。函館本部で公式な函館東高のホームページを立ち上げる予定という情報はつかんでいるが、その後どうなったのか分からない。

 当「函館東高資料集」は完成としている。管理人が資料を引用したり、自費で函館や名古屋などを回り、取材し掲載してきた。投稿以外はすべて管理人によって作成してきた。現在、いろいろな市民活動をして多忙でもあり、経済的にも住宅ローンを抱えながら昔の比べ厳しくなり、昔に比べてお金も時間もない。これ以上の新たな取材による更新はしない方向である。お借りしていた資料も返却した。

しかし、管理人の私は時折しか見てないのに、毎日多くの方が訪問してくださる。

 12月7日、「昭和47年卒業の22期です。なにか情報が有ったら、教えて頂けませんか。宜しくお願いします!」という投稿があった。当会の「同期会・クラブ・OB会だより」に22回生の情報がある。

 このように情報を探していらっしゃる方もいる。当会のメールまで情報の提供をいただければ、今後とも、情報を発信して皆さんの「函館東高」への思いに微力ながら応えていきたい。


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 「公的機関である東高校の情報を、個人の判断だけで掲載することは、在ってはならないことです。新聞社だってテレビだって、会社の方針に沿うかどうか、また間違った内容で無いか、報道する前に必ずデスクが判断します。貴兄は東校の情報をどのような権限の元に、ご自分だけの判断で編集・掲載されているのでしょうか?
 また、情報が一ヶ所に集中すると、散失しにくいことは確かですが、もし貴兄になにかが起きて、HPを運営できなくなることだって無いとはいえません。その時、このHPの情報はだれがどのようにして引き継ぐのですか?そのルールを予め作ってから運営すべきです。また一定期間ごとに、編集会議などを行って第三者(但し東校出身者)のチェックを受けるべきです。」

 2ヶ月以上前、こんなメールをいただきました。もっともごもっともなことです。しかし、個人で運営しているので、言うのは簡単ですが、実現はかなりハードなことです。もともと函館東高の本部でホームページを立ち上げてほしいかったのですが、同窓会の会長からできないと言われたので、全面的な協力者もいなかったので、個人で作ったのです。

 函館東高資料集は私が毎月払っているプロバイダー上に掲載しているので、私が死んだら終わりでしょう。しかし、私が管理している「関東青雲同窓会」の公式ホームページでさえ、委員会を作ってやろうという話がありましたが、一度も開かれることがありませんでした。これが現実です。全面的な協力者も見出せなく、一人ですべてをやっているので、会議などできるはずもないです。そんな時間もそれにかける費用もありませんでした。函館東高資料集はあくまでも個人のサイトで、私のお金と独断で運営しています。その上で、皆さんが資料を提供していただいてきました。だからこそ、うまくいくこともあったと思っています。個人でさえ数百時間(取材や調査もいれれば4桁の時間を費やしたかもしれない)を有する制作に、時間をかけてやる余裕はありませんでした。しかしながら、いろいろな方々に協力していただいたことも事実です。

 そこをご理解いただいて、今後とも皆様のご協力をいただきたいと思っております。 

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「函館東高資料集 その2写真集」もご覧ください。
例えば、今年8月に東高3回生から当時の集合写真の提供をしただいています。
また、写真集の資料も募集中です!
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# by higashikou-shiryo | 2010-12-09 23:44  

函館東高資料集、NHKの取材依頼を受ける

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東高資料集ご愛読の皆様

 今年の2月に東高資料集を完成させて早4ヶ月経ちましたが、今なお多くの皆様にご愛読いただきありがとうございます。
 この1ヶ月だけでもVISIT(訪問数)が417件、PAGE VIEW(閲覧数)が1,077件と毎日10数件のアクセスがあり、皆様の函館東高の思いの一端を知る思いです。
 今後は皆様の同期会などのお知らせや投稿を中心にしたいと考えてます。よろしくお願いします。

 さて、先日NHKのディレクターからこんなメールをいただきました。

 「NHKの教育テレビで番組制作をしているAと申します。
現在60年安保について、ちょうど半世紀ということで当時がどのような時代であり、またその後の日本の進路にどのような影響を与えたのかというテーマで取材しております。

まずは様々な形で60年安保に関わられた方に話を伺ったり、当時の資料やインターネットで調べているのですが、その中で、函館東高校で60年安保の時に様々な活動があったことをこちらのホームページで知ることができました。

写真も残っているということで、更に当時のことをご存じの方に詳細を伺ってみたいと思い不躾ながらご連絡申し上げました」

 全国数多くある高校の中で、函館東高の「60年安保、その時東高はいかに」はユニークな取組であったからこそ、注目されたのだと思います。

 NHKの取材は今回で2回目。前回は梅谷利治先生のことでした。

 今回の件は、当時の函館東高生徒のことで、皆さんと情報を共有したくご紹介しました。
 同窓会でこの話をしたら、私もデモに参加したという声も聞きました。

 今回の件は当時を知る新聞部の先輩に了解の上、先輩のメールアドレスをお知らせしました。

 先輩は「私と言うより、当時新聞局で青雲時報の特集に取り上げたことなどを含め新聞局としての取り組んだ経過などの方が面白いと思いますので、(青雲時報縮刷版)刊行委員会のメンバーが対応出来ると思います」という返事をいただいています。

 函館東高は戦後の高校の歴史を映す鏡である、と再認識しました。

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↑1961(昭和36)年6月30日「青雲時報」第49号のトップを飾った記事。
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# by higashikou-shiryo | 2010-06-06 14:11